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 「はじめに」と言っても、特にはじめることもないので、自己紹介をします。
 横浜に生まれ、横浜で育ちました。駒場寮にいた期間や、海外にいた期間を除いて、その後もほとんど、横浜に住んでいます。いま、住んでいる場所は、祖父(父の父)が新潟の山奥から夜逃げ同然に流れ流れてきて、落ち着いた場所です。そんなわけで、近所のお年寄りの中には、わたしのことを生まれたときから知っている方がいます。昔は、そういう方が周囲にたくさんいて、常に誰かの眼が光っていたため、悪いこともできず窮屈な思いをしましたが、最近はかなり数少なくなりました。最近は悪いことはしないので窮屈ではありませんが、昔から知っている方がいなくなるのは寂しいものです。
 この辺りには、K保育園というのがあって、3歳児から小学校入学前までの子を預かってくれます。少しハイソな家の子は、丘の下のSM幼稚園[サド・マゾじゃありません]に行ってましたが、3年9ヶ月離れている兄も、近所の同年輩の子どもたちの多くもK保育園へ通いました。
 ところが、わたしはK保育園へ行きたがらず、かといってSM幼稚園を望んだわけでもなく、入園せずに家でごろごろして、本を読んだり、絵を描いたりしていて、親を困らせたようです。ようやく5歳になった5月頃だったでしょうか、「騙されたと思って行ってごらん、楽しい所なんだから」という親や保母さんたちの説得を受け容れて、中途から入園しました。結果は、まあ、「騙された」わけで、もちろん、古顔の園児たちにいじめられました。
 それが悔しかったからか、それとも保育園というのがおもしろくも何ともない所だと思ったからかは、覚えていないのですが、すっかり行く気を失い、わたしは1日で園児たることを辞めました。その後しばらく、親切な保母さんが悪ガキたちを引き連れて、朝のお迎えに来てくださったのですが、騙された自分を内心で呪いながら、「ボク行かない」でとおしました。
 こうして、わたしは、6歳で地元の小学校に入学するまで、両親と兄、祖父母と叔母・叔父(父の両親、妹、弟と、母の母、妹がいずれもすぐ近所にいました)、それに近所の方々という、かわいがってくれる人だけに囲まれて育ちました。わたしが、口べたで、引っ込み思案なのは、幼時の環境によるところが大きいのかもしれません。とはいえ、小学校へ入ってから、いじめた悪ガキたちともすっかり仲良くなりましたし、そのうちの一人とはいまでも親しくいていますから、「ボク行かない」の5歳のまま来たわけではありません。
 ちなみに、息子は、かのK保育園に3年間通い、無事卒園しました。わたしよりは人間ができているようです。何十年か前に、毎朝迎えに来てくれた保母さんが園長になっていました。

 
小野塚の略歴





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更新履歴
2004年7月12日 Version1.00 公開
2004年9月2日 Version1.01 「教育」など一部修正・追加
2004年10月7日 Version1.02
2004年10月14日 Version1.03
2005年4月7日 Version1.04 「教育」など一部修正・追加